DX Accelerator
再生可能エネルギーの普及と脱炭素社会の実現に挑む 研究チームの舞台裏

グリーントランスフォーメーションカンパニー 基盤技術部 次世代技術研究所
開発プロジェクトメンバー
前列左より:波多江 徹氏(チームリーダー)、石井 啓氏(所長 ※インタビュー当時)
後列左より:肥髙 邦彦氏、村上 礼雄氏(チームリーダー)、堅田 龍之介氏
(前列左より)
波多江 徹氏(チームリーダー)、石井 啓氏(所長 ※インタビュー当時)
(後列左より)
肥髙 邦彦氏、村上 礼雄氏(チームリーダー)、堅田 龍之介氏
風力発電所の設計では、風の強さや安定性といった風況だけでなく、法規制、造成条件、輸送ルートに影響する地形や道路、そして風車間の離隔距離など、実に多くの要素を考慮しなければなりません。
従来、こうした複雑な条件を一つひとつ検討し、数十機に及ぶ風車の配置を最適化する作業には、多大な労力と時間が必要でした。さらに、人の経験に頼る方法では、発電量の最大化と建設コストの抑制を両立させることが極めて難しく、属人的な評価となるため経験値によってプロジェクトの事業性が変動する可能性があります。
そこで、この課題に立ち向かったのが「適地検索システムと風車の配置最適化AI」の開発プロジェクトです。
風車に関する知見を持つチームとAI技術に精通したチームがタッグを組み、わずか2週間で風車配置の最適化とその自動化に向けたプロトタイプを完成。その後、迅速な検証と改良を繰り返しながら、実用レベルへと高めていき、現在は社内の業務効率化に留まらず、他社からも強い関心を集めています。
再生可能エネルギーの普及と脱炭素社会の実現に向けて-。昨年度、東京ガスグループで開催された「DX ACCELERATOR 2024」でも銀賞を受賞し、社内外から注目を集める本プロジェクトについて、その舞台裏を探りました。
それは、”日常の課題感”から生まれた
プロジェクトのきっかけを教えてください。

村上
従来は、風が強い場所や地形の勾配など様々な情報を人が見ながら、経験的に最適な場所を選んでいました。でも、それは担当者のスキルに依存していて、客観性に欠けるという課題がありました。そこで、定量的かつ最適な場所を自動的に探索するシステムを作ることにしたのです。

肥髙
特に外部からの依頼があったわけではなく、“自分たちの仕事をもっと効率的にできるのでは”という思いが出発点でした。地理情報を組み合わせる技術が存在し、我々もその技術をベースに風力発電の配置を考えていたので、それらを応用したシステムを作れば作業効率化につながると感じたのです。

村上
実際、人手で風力発電所の配置を最適化するのは非常に大変で、条件をひとつ変えるたびに下手をすると半日かかることもありました。風車の数を変えると全体のバランスが崩れてやり直しになる。そうした負荷をなるべく減らすため、AI活用による自動化を目指しました。
このシステムではどのような技術が使われているのですか?

村上
主に2つの技術を使っています。1つ目は、風速や地形など様々な情報を地図上で重ね合わせ、最適な場所を見つけ出す技術です。2つ目は、その最適な場所の中で、風車を自動的に配置していく技術になります。
特に難しいのは、風車を配置すると、その後ろで風速が落ちるため、配置の条件が刻一刻と変化することです。先にも述べた通り、人間が1つ1つ置いていくのは非常に大変なので、それら条件すべてを考慮して最適解を導き出すシステムとなっています。

開発システム概要 ―風車配置の最適化―
“AI×GIS”の異分野連携
本開発を進めるうえで、特に決め手となった点はなんでしょうか?

肥髙
風車配置の自動化には、AIと地理情報システム(GIS)それぞれの知識が必要となります。ただ、社内に両方を理解できる人材が少なかったため、各専門性を持つチームが協力し合って進めていきました。

村上
そのうえで、全てAIで解決しようとせず、それぞれのチームが自身の持つ技術で対応できる部分を明確に洗い出し、互いの得意分野をシステムに組み込んで連携したことが成功の鍵だったかと思います。 知識やスキルを持つ人同士でも、目的を共有できていないと上手くいかないことが多いですよね。本プロジェクトでは、堅田が中心となり、各チームのニーズをこまめに聞き迅速にくみ取りながら、共に最適解を探っていけた。彼がその調整役・司令塔を担ってくれたのも成功を決定づけた要因だと思います。

堅田
AIの精度だけでなく、AIの分析対象となる地理情報の妥当性も重要でした。風力発電に関わる事業部や関係部所の知見も取り入れながら、地理情報の重ね合わせ方や地図の作り方を調整し、実用レベルまで高めていきました。

現場との共創が支えた実用化への道
このような設計業務のシステム開発でよく上がる課題として、システムが出力した情報と実際の建設現場に乖離が見られることが挙げられますよね。現場サイドとの連携はどのように進めたのでしょうか。

村上
今は、AIが出した配置計画は完璧ではないので、ある程度人が修正する必要があります。実際には、建設が難しい場所や規制内容など、現場にしか分からない条件も多い。最終的には現場を良く知る人が微調整すればいいのですが、できる限り現実に即した最適案をAIが出せるようにしていきたいと思います。そのためには、現場の事情をどこまで組み込めるかがポイントになります。
そうなると、現場からのフィードバックが重要になりそうですね。

肥髙
はい、その通りです。現場からのフィードバックを設計に取り入れ、改善を繰り返すことが重要です。そのため我々が都度調整しなくても、インターフェースとして現場サイドで直接現地データを追加したり、各種パラメータを調整できる機能を持たせることを検討しています。将来的には、自社以外の風力事業を行う方々にも提供できるようなツールに育てたいと考えています。
ここまでの話を聞くと、思いのほかプロジェクトが順調に進んだ印象を受けます。

堅田
そうですね(笑)。苦労話を強いてあげるとすれば、開発の話があってから1~2週間でプロトタイプを作ることとなったので、事業部との密なコミュニケーションにとにかく注力しました。現場から素早くフィードバックをもらい、それを修正するというサイクルを短いスパンで繰り返していたので結構大変でしたね。ずっとプログラムのことを考えていた2週間だったので、楽しくもちょっと苦しかった期間でもありました。(笑)


AIで風を読む──当社グループにとっての成果と意義
今回の開発で得られた成果や意義はどのようなものだと思いますか。

石井
このシステムにより、発電所の建設コストを抑えつつ、発電量を最大化できると考えています。これにより、当社グループの再生可能エネルギー事業の収益性を高めることはもちろん、脱炭素社会の実現にも貢献できると考えています。
また、こうした技術を持つことで、他の風力発電事業者からも注目され、一緒に事業を進めたいというお声をいただくようにもなりました。この技術を武器に、システムの外販や協業の機会といった新たなビジネスチャンスも見えてきています。

村上
AIは、人間の目では見落とすような複雑な条件も考慮することができますよね。それにより、さらに発電量が大きな場所を見つけられる可能性が高い。この人とAIの”スキルの差”は、長期的なスパンで見たときに、発電量に大きな違いを生む可能性が高い。単なる業務効率化にとどまらず、社会貢献や収益という成果の面で、質を上げられる点が大きな意義だと思っています。


当社グループの強みであるAI技術を活かし、風力発電業界をリードする存在となる
今後の展望について教えてください。

村上
東京ガスグループは風力発電事業において、まだ後発の立ち位置にあり、実績を積み重ねている途上です。今後発展していくためにも、今回開発したAIシステムのような独自の技術を武器に、事業拡大を目指していきたいと考えています。
具体的には、自社発電所での運用実績を積み上げることで、システムの精度を高めていくことが重要です。さらに、発電所の運営で何を重視するのかといった知見を蓄積し、当社グループが長年培ってきたAI活用技術を活かして他社との差別化を図ることで、将来的には風力発電業界をリードする存在となることを目指しています。

波多江
そのためにも、まずは本システムを実際のプロジェクトで活用し、その効果を検証していくことが大切になります。基盤技術はほぼ完成しているので、今後はユーザーインターフェースを改善し、他社でも使いやすい形に発展させたい。当社グループ内外を問わず、広く活用される技術にしていきたいと思います。

※本記事は2025年3月時点の情報に基いて作成しております。