DX Accelerator
年間6万6,000時間の業務削減と保安の高度化を実現した、
東京ガスネットワークの導管保安DXの舞台裏

東京ガスネットワーク株式会社 導管部 導管保安グループ
プロジェクトメンバー
(写真左より)田所 利行氏、津坂 宗範氏、渡辺 良二氏(チームリーダー)、矢野 嘉久氏(グループマネージャー)
(写真左より)
田所 利行氏、津坂 宗範氏、渡辺 良二氏(チームリーダー)、矢野 嘉久氏(グループマネージャー)
東京ガスネットワーク株式会社は、ガス管の安全を守るうえで不可欠な巡回業務において、「ベテランの勘と経験をいかにして次の世代に継承するか」というテーマに長年向き合ってきました。このたび、こうした熟練者のノウハウをAIで点数化・デジタル化することで、危険度に応じた効率的な巡回を実現。その結果、年間6万6,000時間もの業務時間削減にもつながりました。
東京ガスグループで開催された「DX ACCELERATOR 2025」で銅賞を受賞したこの取り組みの裏側には、ノウハウ伝承の課題に正面から向き合い、現場との対話やベテランとの共創を重ねてきたプロセス、そしてチームの情熱がありました。そんなプロジェクト推進の中心メンバーにお話を聞きました。
きっかけは2018年――ベテランに依存していた業務からの転換
まず、今回の取り組みの概要について教えてください。

津坂
水道や下水道など他社インフラに起因する工事である「他工事」からガス管を守る巡回は、重要な保安業務の一つであり、その高度化と効率化に取り組みました。これまでは、ベテランの方々が長年の勘や経験則をもとに”この「他工事」はガス管を損傷するリスクが高い可能性がある”と判断していたものを定量的に点数化し、AIによって危険度に応じた評価を行うことで、リスクの高い工事を重点的に巡回する仕組みを構築しました。この取り組みにより、年間6万6,000時間の業務時間削減を実現しています。
この取り組みを始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

渡辺
これまで、現場のベテランが持つノウハウは個人の経験に依存しており、それが明文化されていなかったことが大きな課題でした。特に、後継者不足といった社会問題を背景に、こうした属人的な知見をどのように継承していくかが重要な論点になっており、いかに可視化・定量化し、次世代に継承していくかを考え始めたことが本取り組みの出発点でした。私たちは2018年からこの検討を開始し、これまで尽力してきた諸先輩方からバトンを継承しながら、アップデートを重ねてきました。その成果が結実し、このたびの受賞に至りました。

ベテランの暗黙知をいかにしてデータ化するか
ベテランのノウハウを「点数化」するうえで、どのような苦労がありましたか?

渡辺
現場のベテランの方々と対話を重ね、日常業務における判断基準や危険な作業内容などのノウハウを引き出し、機能単位に分解しました。具体的には、付箋を用いた可視化作業によって体系的に整理し、多くの試行錯誤を重ねながらそれをデータ化することで、危険度の点数化を進めました。

津坂
例えばベテランの方々は、どのような種類の工事で特に注意が必要か、また、他工事を行う事業者の方々と現場でどのように連携すれば安全を確保できるか、といった長年の経験に裏打ちされた、いわゆる”肌感覚”のような判断基準を持っています。こうした暗黙知を一つひとつ掘り起こし、実際の工事状況に応じてリスク度合いを精査しながら点数化していく作業は、本プロジェクトの根幹をなす、非常に緻密さが求められる部分でした。
リスクをデータ化する上で、大切にされていたことはありますでしょうか。

矢野
自分たちの視点だけで危険度を判断するのではなく、他工事を行う「相手」を理解するという視点が非常に重要だと考えています。相手の工事方法や特性など、現場環境を理解し、自分たちの持つ情報と組み合わせることで、初めて精度の高い優先順位付けが可能になります。

ベテランの「暗黙知」を付箋で可視化。
デジタルと現場の知見が融合し、新たな価値が生まれる瞬間。
AIと人間の目、両輪でのチューニング
AIが導き出した点数と、現場の感覚が異なった場面もあったのではないでしょうか。

渡辺
もちろんありました。初期の分析では、AIが算出した点数と現場の感覚にズレがあり、人間の目による確認と調整を通して、一つひとつチューニング作業を行いました。こうしたズレについては、現場のベテランを含めたメンバーで議論を重ね、「どちらがよりリスクが高いか」「なぜデータではリスクが高いと判断されたのか」といった観点で評価項目を見直し、デジタルと現場の知見、その両輪で精度を高めていきました。
現場との連携がこれほど円滑にできた背景には、どういったことがあったのでしょうか。

田所
本取り組みが現場に定着した要因のひとつとして、これまで協力企業に全て外注していた巡回業務の一部を内製化したことが挙げられます。これにより、システム開発側と現場をつなぐキーマンとなる社員が生まれました。システムと現場感覚のズレが生まれたときに、キーマンが両者の「橋渡し役」となって議論を重ね、現場の意見をシステムの点数に正しく反映させることができました。この「橋渡し役」の存在こそが、今回の取り組みを現場に根付かせる上で極めて重要な役割を果たしたと考えています。

保安と効率化の両立、その先へ――進化を続ける保安DXの未来
点数化によって、どのような変化がありましたか。

渡辺
点数化で重みづけをしたことで、リスクの高い工事をより優先的・重点的に巡回する運用へと転換しました。これにより、これまで以上に実効性が高まり保安レベルの向上と生産性向上の両立を実現できました。

矢野
1885年のガス事業創業以来、私たちは技術革新や創意工夫への挑戦を通じ、「安心・安全・信頼」のブランド価値を築き、守ってまいりました。その基盤である「保安の確保」はこれまでも、そしてこれからも最も重要な前提です。事業環境が大きく変化する現代において、「安心・安全・信頼」のブランド価値を引き続き維持・向上していくためには、デジタルやAIといった先進技術を取り入れ、業務の効率化と保安の高度化を両立することが不可欠であると考えています。

最後に、この取り組みは今後、どのように進化していくのでしょうか。

渡辺
将来にわたり安全で効率的な保安業務を支えていくため、AIを活用した巡回ルートの最適化や、AIカメラによる未把握の他工事情報の収集など、さらなる改善と高度化を進めていきます。また、将来的には、保安の高度化に関するコンサルティングも含めたインフラソリューション事業として、ガス業界にとどまらず他のインフラや「安全」にかかわる業界への展開の可能性も検討していきます。